大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成11年(ヨ)10060号 決定 1999年9月29日

債権者

大久保美里

債権者

山岡久美

右代理人弁護士

西岡芳樹

(他二名)

債務者

ザ・ディベロップメント・バンク・オブ・シンガポール・リミテッド(シンガポール・デベロップメント銀行)

日本における代表者

ウオン・シー・メン

右代理人弁護士

福井富男

内藤潤

松岡政博

主文

一  債務者は、債権者大久保美里に対し、一〇万円を、債権者山岡久美に対し、一三万円を、それぞれ平成一一年一〇月から第一審判決の言渡しまで、毎月二五日限り、仮に支払え。

二  債権者らのその余の申立てを却下する。

三  申立費用は、債権者大久保美里と債務者間においては、これを三分し、その一を債権者大久保美里の負担とし、その余を債務者の負担とし、債権者山岡久美と債務者間においては、これを三分し、その一を債権者山岡久美の負担とし、その余を債務者の負担とする。

理由

第一申立ての趣旨

一  債権者らが、債務者との雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。

二  債務者は、債権者各自に対し、別紙債権目録記載の金員を、平成一一年七月末日から本案第一審判決言い渡しに至るまで毎月二五日限り、仮に支払え。

三  申立費用は、債務者の負担とする。

第二事案の概要

一  争いのない事実

1  債務者は、シンガポール共和国に本店を置き、普通銀行業務を主たる業務とする株式会社であるが、その具体的な業務内容は、開発融資、消費者向銀行サービスを含む商業銀行業務、投資銀行業務等である。日本における営業所として、東京都千代田区内に東京支店があり、大阪市中央区内に大阪支店があった。

2  債務者は、平成一一年三月四日、債権者らを含む大阪支店従業員に対し、同年六月ないし七月頃に大阪支店を閉鎖すると発表した。

3  平成一一年四月五日、債務者から、債権者ら大阪支店の従業員に対し、左記のような提案がなされた(以下「希望退職パッケージ」という)。

(一) 大阪支店全職員に対して、希望退職に応じる旨の要請

(二) 希望退職を募る条件として、就業規定二四条の第二項の(1)「自己都合以外の退職」の欄の退職一時金を支払う。

(三) 追加退職金として、平成一一年六月一日時点における基本給及び職務手当の各六ヶ月分を支給する。

4  その後、債権者らと債権者らの所属する組合は、東京支店への配転等を求めて債務者と数度交渉を行った。右交渉の中で、債務者は、さらに追加退職金を六ケ月上乗せする(合計一二ヶ月分の支給)、転職斡旋会社の費用を負担する等の提案はしたものの、東京支店への配転等については応じなかった(書証略)。その後、債権者らが債務者の提案した希望退職パッケージに応じなかったため、債務者は、債権者らに対し、同年六月八日付で同月一五日付けの解雇を予告し、同日債権者らは解雇された(以下「本件解雇」という)。

二  本件は、債権者らが、債務者には大阪支店を閉鎖する必要性はなく、また債権者らを東京支店へ転勤させず、東京支店では希望退職を募ってもいないことから解雇回避義務を怠っており、さらに解雇の理由も十分に説明されていないとして、本件解雇が解雇権の濫用であり無効であると主張し、債務者に対して従業員の地位保全並びに未払い及び将来分の賃金の仮払いを求めた事案である。

債権者らの主張は、従業員地位保全仮処分申立書及び各準備書面(平成一一年六月三〇日付、同年七月一五日付、同年八月四日付、同年八月一七日付)のとおりであり、債務者の主張は、答弁書及び準備書面(一)ないし(三)のとおりであるから、これらをそれぞれ引用する。

なお、本件は整理解雇の事案であるところ、債務者は、整理解雇におけるいわゆる「整理解雇の四要件」(<1>人員削減の必要性、<2>人員削減手段として整理解雇を選択する必要性、<3>被解雇者選定の合理性、<4>手続きの妥当性)について、その内容の合理性や根拠について縷々論評する。

雇用契約の解約(解雇)については、確かに民法上その行使について制約はなく、労働基準法等で一定の場合についてのみその行使が制限されているにすぎない。しかし権利の行使といえども客観的に合理的な理由がなく社会通念上相当性がないと判断されるものについては、権利の濫用として無効となる。整理解雇は、雇用者の経営上の理由のみにより行われるものであること、また解雇が被雇用者の生活に直接に重大な影響を与えるものであることに鑑みて、整理解雇における「客観的に合理的な理由」の有無については、右<1>ないし<4>の観点を総合考慮して判断するということが、従来の裁判例の中で確立されている。当裁判所も、右<1>ないし<4>を検討することは、整理解雇における「客観的に合理的な理由」の有無を判断するに際して、適切であり、現時点においても右<1>ないし<4>のいずれかを欠くと判断される整理解雇は、「客観的に合理的な理由」がなく、社会通念上相当とはいえない解雇として、権利の濫用となり無効であるといわざるを得ないと考える。

第三当裁判所の判断

一  疎明(書証略)及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が一応認められる。

1  債務者は、昭和四三年、シンガポール政府が国の工業化推進にあたり、開発資金の融資を行う銀行として設立した(現在の政府資本四四パーセント)。その後商業銀行業務に進出し、現在シンガポール四大銀行の一つである。平成一〇年政府系の郵便貯蓄銀行を吸収合併した他、インドネシア、タイ、フィリッピンの銀行を買収し東南アジア最大の地位を確立している。

債務者の大阪支店は、昭和五九年、関西及び九州といった西日本地区における取引先の開拓と同地区内のシンガポールとの貿易業者及び関連企業に対するサービス提供のため、日本における第二の支店として開設された。

2  債務者の東京、大阪両在日支店は、平成九年四月から平成一〇年三月の間には前年比の二倍の経常利益を計上したものの、長引く不況やバブル経済の崩壊、アジア諸国の経済危機等の影響により、債務者の在日支店の営業成績は減少し、平成一〇年四月から平成一一年三月までは前年度の約二分の一にまで経常利益が減少した。また東京への貿易取引の集中化などの関西地区の経済の地盤沈下、合理化に伴う大阪支店の業務の東京支店への移管等により、大阪に独自に支店を設置する意義が乏しくなっており、同時期に開設された他のシンガポール系の銀行三行がすでに支店を閉鎖していることもあって、平成一一年一月七日、債務者は大阪支店の閉鎖を決定し、同年四月一六日、大阪支店閉鎖が認可された。

3  債務者は、毎年新規採用数を、自然退職者数には見合わない数(毎年数名)としてきた結果、平成六年以降は、東京、大阪両支店においてスタッフ数が減少し、平成一一年三月時点での東京支店の全スタッフ数は二一名、大阪支店の全スタッフ数は六名であった。

4  平成一〇年三月頃、債務者の前大阪支店副支店長であった山口昇次(以下「山口」という)は、債権者らに対し「大阪支店の仕事が減って従業員が二名余っている。人を減らす方法として東京転勤がある」「(東京支店での)部署は具体的に決まっていないが、作ろうと思ったら作れる」などと述べ、東京支店への転勤を打診した。しかし大阪支店閉鎖決定後は、債務者は、債権者ら大阪支店の従業員に対し、右山口の発言は、債務者としては一切関知していないとして、希望退職パッケージの提案を行うのみで、債権者らの東京支店への転勤希望には、東京支店において空きポストがない、従事させれる業務がないとして応じなかった。その後、大阪支店の六名の従業員のうち四名が、債務者の希望退職パッケージを選択して自主退職し、残った債権者二名が解雇となった。なお、債務者は東京支店においては、希望退職を募集していない。

二1  前述のように解雇が、被雇用者の生活に直接重大な影響を与えるものであることから、雇用者である債務者には、信義則上、人員削減をするに際しては、配転や希望退職の募集などの他の手段による解雇回避の努力をする義務があるとするのが相当である。

本件解雇に際して、債務者がとった措置は、大阪支店の従業員に対してのみ希望退職パッケージを提案し、希望退職を募ったというものである。

大阪支店の従業員六名中四名が希望退職パッケージに応じたため、整理解雇の対象となったのは、債権者ら二名のみであった。債権者らはいずれも大阪支店で採用された者であるが、債務者の就業規則上転勤を命ずる旨の規定があり、雇用契約書上も就業規則に従うことと記載されていること(書証略)、債権者らはいずれも東京支店への転勤を希望していたことからすれば、債務者が債権者らに対し東京支店への転勤を命ずることは可能であった。また実際上、大阪支店の業務は東京支店へ移管されており、債権者らには、債務者の業務に関して幅広い業務経験があることから、東京支店においても十分に業務に従事しえたものであって(書証略)、前述のとおり山口も債権者らに対し、「部署は作ろうと思えば作れる」と述べていた。それにもかかわらず、債務者は大阪支店閉鎖決定後、転勤不可との態度に終始していたものである。債務者は、平成六年以降少なくとも平成一〇年までは、数名単位の新規採用を行っており、また本件解雇に先だって東京支店で希望退職を募ってはいない。以上の諸事情を考慮すれば、債務者が、本件解雇に際して、解雇回避のための真摯かつ合理的な努力を行ったとまでは認められない。

従って、その余の点について判断するまでもなく本件解雇は解雇権の濫用として無効である。

2  債務者は、東京支店と大阪支店は別個独立の採算体制をとっており、人事採用方法や給与体系も別であること、そもそも東京支店の業務に習熟している従業員を辞めさせてまで、東京支店での業務の経験がない大阪支店の従業員の雇用を確保すべき必要はなく、仮に何名かの希望退職者がいたとしても現在の東京支店の余剰人員を吸収するのが精一杯であるとし、さらに債権者らを東京支店に配転した場合、組合の要求によれば赴任後二年間の家賃の全額負担、月四回の帰省費用の負担等の高い費用を負担しなければならないとして、本件において東京支店で希望退職者を募る必要性はなく、十分な内容の希望退職パッケージを提案することで解雇回避努力義務は十分尽くしていると主張する。

しかし、東京支店と大阪支店とが別個独立の採算体制であるとしても、過去東京支店から大阪支店へ転勤となった者がいたことに照らせば(書証略)、それが債権者らの東京支店への転勤を妨げる事情とはいえない。また前述のとおり、債権者らが東京支店における業務を行うに支障はなく、また債権者らの転勤に伴う要求についても確定したものではなく、未だ組合と交渉中の事項であることからすれば、債権者らを東京支店へ転勤させたとしても、直ちに債務者にその経営上特段の不利益となるとはいえず、東京支店への転勤の可能性がある以上、東京支店における希望退職の募集も含めて、債務者としては、債権者らの東京支店への転勤の実現に向けて真摯に努力すべきであったといえる。東京支店で現在空きポストがないとか、東京支店での業務に習熟している従業員を自主退職させてまで、東京支店での業務の経験がない債権者らを転勤させる必要はないとし、退職を前提とした希望退職パッケージの提案を行ったのみでは、真摯かつ合理的に解雇回避努力義務を尽くしたとは到底評価しえない。

従って、本件申立について、債権者らの被保全権利の主張は理由がある。

三  そこで進んで保全の必要性について検討する。

1  本件における債権者らの地位保全については、本件一件記録によっても本案判決を待てないとまでの必要性は認められない。

2  次に金員の仮払いの必要性については、疎明(書証略)及び審尋の全趣旨によれば以下の事実が一応認められる。

債権者大久保美里(以下「債権者大久保」という)は、両親及び祖母と同居し、債権者大久保の父親は月収三八万円を得ている。債権者大久保の給料の手取額は毎月一八万円であり、同人は、右収入の中から家計負担として毎月三万円を渡してきた。また本件解雇にあたり債務者は、債権者大久保に対し退職金、解雇予告手当等約一三〇万円を支払っている(書証略)。

他方債権者山岡久美(以下「債権者山岡」という)の給料の手取額は毎月二一万であり、同居の夫の収入は毎月二六万円である。また本件解雇にあたり債務者は、債権者山岡に対し退職金、解雇予告手当等約二三〇万円を支払っている(書証略)。なお、債権者山岡は現在妊娠中であり平成一一年一〇月には出産予定である。

債権者両名ともその収入により家族の生活を支えており、いずれもその収入がなければ生活が苦しいこと、債権者大久保については交際費雑費の計八万円が(書証略)、債権者山岡については電話代四万六〇〇〇円が(書証略)いずれも相当額を超えているものの、その他に債権者両名ともその会計の支出において特に不信な点はないこと、債務者から、債権者大久保については給料の手取額の約七ヶ月分に相当する金員が、債権者山岡については、給料の手取額の約一〇ヶ月分に相当する金員がそれぞれ支給されていること、さらに本案の平均的な審理期間を約一年と想定して、これらの事情を総合考慮するならば、本案判決言い渡しまでの金員の仮払については、平成一一年一〇月から、債権者大久保については毎月一〇万円、債権者山岡については毎月一三万円とするのが相当である。

債権者らの申立てのうち、右金額及び支払の始期を超える部分については、これを認めるに足りる疎明はない。

債務者は、債権者山岡について一年間の無休の育児休暇を取得予定であったのであるから保全の必要性は存しないと主張するが、右育児休暇については、そもそもその取得の有無や期間が確定していたわけではないこと、休暇中の給料の支給の有無について組合との交渉事項であったこと(証拠略)などに照らせば、現在育児休暇中が無給であることをもって直ちに保全の必要性がないとまではいえない。

よって、債権者に担保を立てさせないで、主文のとおり決定する。

(裁判官 川畑公美)

別紙(略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例